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GJ研究会:「習近平体制の検証と米中・日中関係」

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日時:2021年9月25日(土) 午後1時30分から4時30分まで
場所:日比谷図書文化館 4階 セミナールームB 及びzoom
講師:国分 良成 前防衛大学校校長、慶應義塾大学名誉教授
タイトル:習近平体制の検証と米中・日中関係
出席者 40人(うちzoom30人)

議事要旨
China Quarterly というSOAS(ロンドン大学東洋アフリカ学院)の出版している季刊誌の投稿者は、その多くが香港を含め大陸の若い中国人研究者。自分も編集に係ったことがあるので知っているが、世界で最も権威ある現代中国研究の学術誌なので、競争率はすこぶる高い。最近の号を見ると、例えば若い中国人研究者の「中国における中間層の研究」がある。そこでは克明にデータを解析し、現在中間層の下層部分が体制から外れかけ、現体制に反発を感じ始めているとしている。また面白いところでは、ホストクラブの研究があって、その急増は男尊女卑の崩れか否かというジェンダー研究で、本質的な観念は変わっていないとの結論を導き出している。その意味で、中国の若い世代の研究レベルは、英語能力も含めて、文系でも着実に上がってきている。世界の文学・芸術など人文系の主要な学術誌でも、中国大陸の若い研究者からの投稿が増えているという。中国の社会は確実に動いているが、問題は共産党独裁の政治体制だ。

(1)中国共産党100年とその教訓
中国共産党は、革命党のままで、執政党になり切っていない。次期の後継者を決める選挙はおろか制度や内規も存在しない。すなわち党内民主主義が存在せず、絶えず権力闘争が生起している。マルクス主義の中国化と言うが、結局外資に市場を開放することによって、成功した。歴史を振り返ると、原理主義に陥ると失敗し、現実主義的政策に入ると成功することが多かった。

(2)中国の体制はなぜ強靭なのか
ソ連、東欧等の体制崩壊の学習をした。「信頼できる後継者」を育てるため、中央党学校を通じ、徹底した幹部教育を施している。局長クラスであれば、1年はそこで叩き込まれる。バブル崩壊以後の日本経験を反面教師とした部分もある。世界市場と共産党体制を一体化し、コロナ外交などを通じ、中国支持国を増やした。既得権益層(約3~4億人)を抱き込み、原則性と柔軟性(公式発言と実際行動のずれ)を使い分けている。巨大な体制維持装置(党/軍/公安/国家安全部/人民武装警察部隊/海警/宣伝部)の存在も大きい。

(3)体制のほころびはあるか
体制強度の尺度は、リーダー+組織+イデオロギー(理念)の総和だ。習近平への忠誠は、尊敬からではなく利益からであり、組織的忖度が蔓延。マルクス主義のイデオロギーは死滅しており、救済なき社会層の宗教傾斜の要因となっている。民衆や少数民族の蜂起がありうるかだが、強圧と内部分裂操作で対応している。中国の潜在的ほころびは、経済成長鈍化+権力政治(制度なき政治体制)+過信だ。

(4)経済体制は持続可能か
山積みの課題がある。成長鈍化、雇用、社会保障、少子高齢化、金融、財政、不良債権、産業再編、環境など。「恒大」の破綻をどう見るか。中国全体にバブル崩壊が拡がらないようにとは考えているだろうが、安易な救済には慎重だろう。「恒大」と広州閥とのつながりもあり、習近平は冷ややか。というより、来年の党大会を目指して権力闘争の一面もあり。一帯一路も投資のリターンがなく、停滞中。毎年1000万人の大学卒業生(日本は60万人)の雇用をどうするか?民営企業はグローバル経済に乗り出していく必要があるが、中国共産党との関係を切ることは可能か?

(5)「米中冷戦」をどう見るか
米ソ冷戦は核兵器の存在と抑止を前提とした体制間の対立だったが、米中は相互依存下の技術覇権競争だ。ある意味で「知能化戦争」とも言える。バイデン政権は中国とどう向き合うか(対決/対話・妥協/和解)。台湾問題がどうなるかだが、現在一挙に戦争が起こるような状況ではない。ただ、昔と今では米国の反中意識は比べ物にならないくらい強い。台湾の半導体工場が実際かなり大陸で生産している現状も、米国側は気にしているはずだ。ただ、バイデン政権が経済的現実を考えれば、対立激化を放置するわけにもいかず、少しずつ対話の窓口を広げていくだろう。

(6)日中関係をどう見るか
近年、中国の対日批判は低調だが、これは米中関係の緊張が高まっていることとの相関性がある。習近平は、最近は南側と西側の国際関係に関心があり、相対的に東側には関心が薄いが、日本との関係を正面から悪化させようとは思っていないようだ。日本の財界は中国市場を危険とみるか、チャンスとみるか、苦しんでいる。東シナ海での中国進出はあるが、今のところ米国の第七艦隊には敵わない。しかし、今後とも尖閣を含む東シナ海への進出は量・質ともに急速に拡大していく。安全保障は対中関係の最大のテーマであり、日本も抑止と対話の両面政策を進めなくてはならない。

(7)何をなすべきか
歴史を振り返ると、中国を外から変えることは難しい。内部に変化の要素がない限り、外からの批判は、遠吠えになる。どこに中国が譲りうる急所があるのか、内部情勢の徹底した分析が不可欠。今回の恒大問題がどの程度波及するか、注目すべき点だ。人権に関し、サンフランシスコのある財団では、4万人以上の中国の政治犯のデータを収集・分析し、中国側にそれを示して改善を求めており、中国側から一定の対応もあるようだ。その財団の張さんによると、死刑囚の数も昔は年2000人ぐらいと言われた時期もあるが、今は、2桁に減っているらしい。日本の外交力を徹底強化し、日米同盟を基軸に、特に、豪、印、加、韓とアジア諸国と連携すべき。日本はアメリカのプレゼンス維持への説得外交(特にアフガン以降)を続けるべきだが、米国は日本のさらなる役割拡大を期待するだろう。何はともあれ、中国との対話の窓口拡大・強化も必要であり、感情でなく、リアリズム(実務)対話が大事だ。

(質疑応答)
(軍の肥大化) 軍の肥大化と社会保障費の増大が財政上問題になっており、放っておくとソ連崩壊のようになることは、学習もしている。ただ、実際、どうやるかは難しい。

(習近平のブレインは誰か) 劉鶴副首相などの経済に精通した人もいるが、全体的にブレーンは少ない感じだ。天安門事件の後、それまで国家幹部はコネによる採用だったのを公務員試験を導入し、すでに20年ぐらい経ったので、優秀な官僚も育ってきている。海外留学経験もあり、英語も堪能で、日本の官僚が驚くほどだ。ただし、官僚たちは共産党指導の原則のもとで、いくら合理的な判断をしても、党官僚には頭が上がらない。中国を見るとき大事なのは、宣伝工作による大げさなキャッチフレーズにその都度踊らされるのでなく、キチンと実態を分析したうえで、判断することが大事だ。

(アリババやテンセント、あるいは芸能人、教育ビジネスの締め付けなど、中国の今後の成長に必要な分野を抑えているが、何か、大きな背景があるのか) 中国では、すべてが権力政治につながっている。そういう視点で中国を見ることも大事だ。来年の党大会で、従来の決定を覆し、任期を延長して権力を無理やり継続させようとする習近平にとって、邪魔な人ははねられる。中国の歴史をひもとくと、党大会の少し前からは権力闘争の修羅場となる。中国の産業界もほとんどが政治とつながっている。すなわち政治家の誰かとつながっており、利権となっているはずだ。だから習近平は、就任後すぐに反腐敗キャンペーンを行い、石油利権を牛耳っていた周永康を逮捕した。彼は江沢民の一派とみられているが、中国では、あらゆる人達が根っこでは、結びついており、外部からその全貌は把握し切れない。また、これを全部断ち切ることは無理だろう。恒大もそうした観点から見ていく必要がある。

(ピルスベリーのChina2049の評価如何。世界覇権100年戦略をどう見るか) 元CIAのピルスベリーは、自分はCIAに勤務中、中国が良い方向に行くと思っていたが、間違っていた、だまされたと言っている。以前から中国の問題は多く指摘されており、それに気が付かなかったのが気になる。中国の政治は、基本的に目の前の権力政治で、100年もの戦略があるとは思えないがどうだろうか。中国の言葉はいつも大言壮語だが、実態をみたほうがいい。本については、やや商業主義的な面があるのではなかろうか。

(社会保障費の増大について) 社会保障は基本的に地方財政が大きい。政府ですべては賄い切れないので、最終的にはそれぞれの家庭でやってほしいという考えだ。ただ、退役軍人などは、年金が支払われないということで、デモをやったりしている。中国では、ガス抜きのため、ある程度のデモや請願は認められている。先ほど言ったとおり、毎年1000万人の大学生が出ており、その雇用をどうするか、頭の痛い問題だ。中国では、表に出る統計は政治的数字なので、実態が分からない。数年前、年間500万件のベンチャー企業が生まれるといわれていたが、大体ベンチャー企業の生き残り率は10%以下といわれており、実際どのぐらい大学生を吸収できているのかを考えると大変なことが分かる。

(日本は高齢化など課題先進国であり、中国にその経験を伝えることができると思うがどうか) 中国では日本の経験を学習しているが、一言で言うと、残念ながら成功というよりむしろ失敗モデルとして捉える傾向が強い。経済的に成功したのに、最後にはアメリカに屈服したと捉えている。中国はそうなってはいけないと論じている。もちろん、日本のソフトパワーや、技術の底力は認めているが、限定的だ。

(対中国で、防衛力の強化は、どう考えるか。サイバーなどの知能化戦争にどう備えるか) この件については、防衛省に40年おられた鎌田さんがここにおられるので、お答えいただきたいが、自分の感想は、防衛費の装備面は無限に金がかかる。しかも、作ったときには、世界の技術は進んでおり、後追いになっている。原子力潜水艦などは、日本では様々な制約があり、まだ作れない。

(鎌田 昭良氏) 自衛隊の防衛力整備計画では、サイバーなども含め整備することとされている。ただ、実際は、サイバー防衛のための人材の確保が大変で、次官並みの給与を払わないといい人には来てもらえない。また、サイバー攻撃の防御の一番効果的な方法は、攻撃された相手に、カウンター攻撃をすることだが、今の法制上、制約がある。ミサイル防衛についても、相手が攻撃して来たミサイルを撃ち落とすのは、鉄砲の弾を途中で狙って自分の弾で撃ち落とすほど、難しいものだ。敵基地を狙う方がずっと効果的だが、専守防衛との関係で容易ではない。

(このまま行くと、いつかアメリカを抜く大国になると言われているがどうか) よく言われるのは、中国は掛けると大きいが、割ると小さいということだ。先ほど話したとおり、若者の雇用の問題など様々な課題を抱えている。そんな中国に今日の繁栄をもたらしたのは、何と言っても、外資を入れるという決断をした鄧小平だ。国有企業が潰れるのもかまわず、外資を歓迎した。実際、毛沢東の下で、ほとんど企業が育っていなかったから、外資も自由にやれた。日本は、優秀な国内企業があり過ぎたため、外資が入れなかった。日本が潰れても、世界は困らないが、中国が潰れると、世界が困るような状況に鄧小平がもって行った。鄧小平は、共産党だけは守れという考えで中国をリードした。

(以前、上海を訪れたとき、鄧小平の人気はすごかった) 習近平は、鄧小平を讃えていない。それは、父の習仲勲が鄧小平にやられたと言われるからだ。父は、純粋なマルキストで劉少奇とも近い関係だったが、反党分子として粛清された高崗に近かったためか、文化大革命の前に追放された。その裏に鄧小平がいたとも言われている。習近平の父が失脚して復活するとき、助けてくれたのは胡耀邦だ。だから、習近平の父は胡耀邦が失脚しそうになったとき、最後まで胡を守ろうとした。これは、趙紫陽が証言している。中国では、すべて人間関係が大事だ。

(台湾有事について、台湾が飛び跳ねるようなことをしなければ、中国から仕掛けることはないと考えてよいか) 90年代に李登輝総統が、独立傾向を強めたとき、アメリカは、「台湾が自ら独立宣言をしたら、守れない」と自制を求めた。ただ、いきなり、中国から攻撃されたら、アメリカも介入する正当性があるという考えだ。アメリカの太平洋司令官が台湾有事がありうるとの発言をしたが、やや予算取りの観点もあるのではないか。

(明日にでも台湾有事があると騒ぐメディアもあるが) そもそも、中国にとって、何のためにやるのかということと、台湾を取っても、統治できないのではないかという問題がある。毛沢東は、目の前の金門島でさえ取らなかった。敵を目の前に置いて、緊張関係を持続させるために必要だという考えがあった。中国の行動はいつもかなり計算されている。それが成功するとは限らないが。50年代に、中国は台湾海峡にある台湾がまだ領有していた大陸付近の小さな島々を攻撃した。ちょうど米国と台湾の間で相互防衛条約が結ばれた後だったのだが、防衛義務に関しては台湾本島と澎湖諸島と書かれていて、それ以外の島々が入っていなかったので、そこをチェックするためだったと言われる。

(戦前の日本は、軍だけではなく、世論にも押されて、対外進出した) 台湾に攻撃する場合、今の中国では、地上軍を台湾に輸送する体制が十分にできていない。また、今、大陸に多くの台湾企業が投資しており、台湾経済の8割が大陸にあるとも言われる。ほとんどが民進党の陳水扁の時代に起こった現象だ。同じ言葉をしゃべる人達だから、色々のパイプがある。台湾で話したことが、北京に行ったら、もう、伝わっていたことがある。台湾問題に関心があるのは共産党の幹部であって、一般国民は台湾問題に関心はない。日常生活のことだけで手一杯だ。ただ、世論を作るのは権力者であることを忘れてはならない。

とにかく、中国では、表の世界だけではなく、裏のパイプもあるということを認識しておいた方がいい。日本人は、とかく生真面目に物事を捉えがちだが、世界はそうではない。あるとき、中国人から、「日本人は言っていることを本当にやっているんですね」と驚かれたことがあった。ただ、日本人は日本人らしくやればいいと思う。中国人にも生真面目な人もいくらでもいるが、概してそういう人は出世しない。制度が機能しないので、人間関係と要領の世界なのだ。

(文責 塚本 弘)

 

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