武器移転の世界展開と日本の位置
横井勝彦氏
四月十七日開催、参加十八名。
近代とは何であったかを問うシリーズ4回目は、『大英帝国の<死の商人>』の著者・横井勝彦氏(明治大学教授)をお招きし講演いただいた。これまでと違った切り口から現代世界の焦眉の問題を歴史部会として見つめ直す機会となった。
武器移転とは、武器の貿易、取引ばかりでなく兵器の運用、それに伴う技術移転、武器生産、それらに関わる国や軍の政策、企業経営等の面も広く視野に入れた概念であるとの前置きがあった後、講演に入る。19世紀洋銃の世界還流は、ヨーロッパに端を発した洋銃がアフリカ奴隷貿易において重要な役割を果した後、クリミヤ戦争など相次ぐ戦乱を経て幕末維新の明治日本に流入する。第一部ではそうした「幕末維新期における洋銃の世界還流」が日本に至る経緯を辿る。先ず幕末維新期、日本史上最大規模の洋銃市場、武器市場が尊皇攘夷運動、倒幕開国論の中で形成されていく。英貿易商人グラバーが大量の洋銃や軍艦を売り込むなど輸入洋銃はおよそ70万丁にのぼる。最先端のスペンサー銃もイギリスの制式銃となる同じ年に発注される。
大西洋三角貿易での奴隷と銃の循環関係は18世紀後半、ヨーロッパ主にイギリスから西アフリカへ毎年30~40万丁輸出され、西アフリカ沿岸部族が銃を獲得する。部族による奴隷狩りの部族間抗争を交え3千万人もの奴隷が商品化される。部族は奴隷との交換で洋銃を獲得する一方、非奴隷部族も自己防衛上洋銃を獲得しアフリカへの洋銃輸出は拡大の一途を辿る。その後、銃の還流はアフリカからインドに移る。高性能の銃は反英勢力にも渡るが、イギリスは武力でセポイの反乱(1857年)等反英戦争を制圧。東洋初のインドでの鉄道建設も植民地支配のためで各地に兵隊を迅速に送ることが主要目的であった。米南北戦争期(1861年)、イギリスの海外向け銃生産は10年間3百万丁のうちアメリカには百万丁輸出された。アメリカでは当時、部品が解体できるコルト回転銃が開発され壊れても修理し易い画期的なものであった。南北戦争後、銃の自給体制ができ、大規模な海外輸出が東アジア、中国向けに展開される。1871年には全米ライフル協会が設立され現在も強力な政治勢力となっている。
東アジアにはアヘン戦争、アロー戦争等の反植民地運動、太平天国の乱などの鎮圧を目的
とした旧式洋銃が中国に流入、堆積されるとともに日本に流入する。洋銃はアームストロング砲などと共に倒幕勢力、西南雄藩の軍事力を強化し、戊辰戦争勝利に貢献した。
第二部では「武器移転史研究と研究事例」が紹介される。幕末維新期には幕府でも地方の鉄砲鍛冶を湯島に集め洋銃の国産化に努める。ライフルなど銃身は難しいため輸入されるが新式洋銃の諸藩での生産を先導し洋銃全体の約2割を占める。この銃国産化は明治期の各地の機械工業の発展を促進する。日露戦争期(1903年)には砲兵工廠での小銃生産体制の確立とともに、歩兵銃や銃弾の中国輸出が行われるようにもなる。
さらに日英間の武器移転と兵器国産化・軍備増強をみると、機関銃がイギリスに依存しなくなるのは1934年以後であり、軍艦の国産化は1910年代以降で、本格的な国産兵器は1907年、日本製鋼所室蘭工場での軍艦大砲があり、北海道炭鉱と英ヴィッカーズ社との合弁会社で製造された。航空機産業は第一次大戦後、満州事変までの間に「輸入時代」から「模倣時代」になる。日英同盟が破棄され、ワシントン軍縮条約が成立する新しい時代に入る。その後、日本海軍航空戦力の形成とともに、1932年、上海事変では航空機が出陣する一方、中国においても米国から中国に航空使節団が派遣され、航空機輸出および中国での現地生産化により中国でも空軍戦力が創設される。日本の中国侵攻が本格化すると中国の米国航空機会社はインド・バンガローに転出。同地は日本占領下の米軍ビルマ攻撃の拠点となる。インド空軍を支える航空機会社もつくられ、国有化される。このバンガローへの米航空会社の転出は今日のインド重工業化の拠点となる一方、インドのシリコンバレーともいわれる産業集積地となっている。アジアにおける武器移転の連鎖として航空機製造基盤ができるのは世界伝播を知る好事例である。
終りに講演者が主宰する明治大学国際武器移転研究所が紹介される。研究所は全国の大学や研究機関の研究員25名が参集する全国的な研究センターであり、日本の他にはない特別の役割を果たしていることと併せ、公開セミナーも開催されインターネットを通じて誰でも参加可能とのこと。
質疑では次のような事が主な話題となった。世界的な軍事・平和研究が行われている所としてスウェーデン・ストックホルム平和研究所があるが、平和は平和論を提唱しているだけでは実現せず、実情をまず知る必要のあること、軍民転用では航空機やドローンの問題、イギリスと日本とのエリート比較論にも及ぶ。また軍縮はこれまで戦前のワシントン軍縮条約の一時期を除き実現していないこと、問題は国家間ばかりでなくISイスラム国などテロ集団との関係もあり軍縮・武器管理は複雑で将来も未知数である。 (大森東亜)