日時: 2019年11月16日(土)13:30~16:30
場所:国際文化会館1F セミナーE室
演題: 株式会社にルネッサンス(人間復興)を求めて -最終講義-
講師: 上村 達男 早稲田大学名誉教授
自分は、岩倉使節団のメンバーであった田邊 太一の長女花圃の夫である三宅雪嶺の子孫であり、本米欧亜回覧の会には、大変親しみを感じており、お招きいただき、ありがたい。今年、3月に早稲田大学を退任したが、1月に最終講義を行ったので、そのレジメを使いながら、お話したい。明治の先達は、海外の制度を日本に紹介する際、翻訳に苦労をした。フランス語で、会社は、ソシエテといわれ、そのメンバーはアソシエと呼ばれる。そこには、人間が集まって組織を作るという概念がある。英語のカンパニーも非営利が前提になっていた。
ところが、ここ30年ぐらいで、こうした会社の考え方が崩れてきた。株式会社は、ヒトが運営し、ヒトのために役立つものでなければならないのに、今は、資本というモノが支配する世の中になってしまった。高橋亀吉は1930年に「株式会社亡国論」で、特にその場主義の大株主の横暴と貪婪(どんらん)なる高配当欲が、その事業を著しく衰退させていると批判している。株式会社制度において、株式という仕組みによって、均一同質な単位となる資本市場の形成が可能となったが、これにより、株主という人格ではなく、株式という財産権によって、意思決定がなされることになってしまった。しかも、超高速取引株主は、ある瞬間だけ株主だが、そのような人に基準日では株主だったとみなすことは妥当か、匿名株主の権利を認めるべきか、(英国では、実質株主(real owner)情報開示請求制度がある。)など、人間疎外拡大諸要素も現れている。
こうした状況を放置すると、資本による人間に対する歯止めのない支配の横行を許すことになってしまう。フランスのジャック アタリ氏は、2030年には、国民の99%が激怒する社会がやってく ると述べている。欧州は資本の自由な活動にかなり慎重だが、アメリカはこれを放置し、日本もそれに従う懸念がある。
株式会社における人間復活の論理をいかに構築するかが重要である。その場合、議決権と配当請求権を分けて、前者は、人格権とし、後者は、財産権と考える発想がありうると考える。
近時の海外の動向はどれも人間を志向している。日本は、明治以来、各国の法制度を研究し、日本の実情に適合した法律を作った、いわば、比較法大国だ。今後、日本は経験「知」の不足を理論「知」で克服し、欧米が忘れている論理を新しい発想で掘り起こし、途上国の期待にもっと応えるモデルを構築すべきだ。
その後、質疑応答も大変活発に行われた。
(文責 塚本 弘)