映像「岩倉使節の世界一周旅行」を見て
1 実事求是
インターネットの時代には、あらゆる情報が瞬時に入手可能で、わざわざ外国に出かけなくても、かなりのことは理解することが可能である。しかし、いくら情報化が進んでも、現地探索で知ることが出来る情報、いわば「肌で感じる情報」は、デジタル化して伝送する事は不可能である。Seeing is believingは依然として真理であり、情報化が進めば進むほど、ヒューマンタッチのあるフェイス・トゥ・フェイスの交流が必要であるということを、「米欧回覧」は現代人に対して先ず伝えているものと思われる。
また、この「米欧回覧」は、米国での条約改正交渉失敗、ハイランドでの岩倉大使の静養など、いくつかの予期せぬ出来事のお蔭で、その内容に一層の広がりと深みが加わっている。200日間の滞在がなかったらアメリカの記述はもっと単調なものになったに違いない。現代はスピードと効率を重んずる世界、しかし、それだからこそ、「ムダの効用」というか、余裕をもつことの大事さを「米欧回覧」は教えてくれるのではないか。
2 先進技術
使節は外国との文化の違いを探求することも、もちろんその目的であったが、やはり当時の欧米の技術-蒸気機関、鉄道、通信など-が如何に世の中に変化をもたらしているか、自然科学、技術において米欧が如何に先行しているか、を伝えることに重きを置いていると思われる。情報化の今日、程度の差こそあるにせよ、情報技術、情報関連産業において、「米欧回覧」が叙述したような欧米、特に米国との格差をわれわれは感じないだろうか。
3 美しい国
使節は長崎近海に帰ってきたとき、日本の海や山や島は「秀麗」で「世界屈指の景勝地」と記している。今日でも外国人が日本に来ると日本は美しい国だといってくれる。しかし、われわれは自分たちの住んでいる町を見て、その実感をもつことができるだろうか。今回見せていただいた外国の風景は、アメリカもヨーロッパも、日本の様に小さな国である英国やオランダも、伝統を生かした美しい町並みや緑広がる田園をもっている。日本で汽車に乗って車窓から写真をとれば、看板の氾濫する野山の景色が展開される。上野公園を歩いてハイドパークを散歩する清々しさを、楽しむことができるだろうか。京都駅で新幹線を降りて町にでれば、古都「京都」に来たと実感できるだろうか。お寺の境内は京都だが、一歩外に出れば京都の町並みは失われている現実を、われわれはどう評価すべきであろうか。
4 外国交際
使節は米国で条約改正交渉に失敗し、「交際と交渉は別」と痛感しているが、この認識は今も生きている。日本にしてみれば、日米関係ほど緊密な関係はないはずだが、日米摩擦は依然続いている。日本でも商売に「義理人情は禁物」といわれるように、利害に関する人間の行為の根底には冷厳なエゴが存在している。国の利害に関することは、人間関係だけでは解決できない。使節の経験はこのことをわれわれに想起させる。しかし、同時に、「米欧回覧」は、交際によって築かれた信頼関係は、事態が複雑化したとき、それを克服する助けになることも伝えているとおもわれる。
5 先送り
大分以前から「米欧回覧実記」5冊は本棚にはいっている。時々必要なところだけを見ることはあるが通読したことはない。プレゼンテーションの冒頭挨拶で、使節団の一人になったつもりで見るようにとのお話があったが、今と昔をうまく組み合わせ、音楽の効果も加えながら、泉氏の滑らかなナレーションで次々と展開される情景に、やや興奮を覚えながら惹きつけられた。お蔭で「米欧回覧」の全体像をつかむことができ、「米欧回覧実記」を通読する楽しみは、当分先送りしてもよいという確信を得ることができた。
(東芝国際交流財団専務理事)
・・・米欧亜回覧第18号(平成12年2月25日発行)より
マラソン上映会「岩倉使節の世界一周旅行」特別寄稿(網倉 章一郎氏) おわり